2月9日にボ-トレ-ス尼崎で開催された第63回近畿地区選手権競走の9レ-スで死亡事故が発生しました。
ボ-トレ-スが始まってから31件目の死亡事故となります。
亡くなられたのは、松本勝也選手(48歳)。
松本選手は、一般戦であればモ-タ-連対率や調子を検討しなくても名前だけで買える実力上位のレーサ-です。そして、期待に答えてくれる事が多く、3連対率は65~70%をキープしていたと記憶しています。
ご本人とお会いした事はありませんが、優出コメントや他のレ-サ-のコメントを見ると、支部の垣根を超えて色々なレ-サ-にアドバイスや気遣いを行い、物腰が柔らかく丁寧で各方面で慕われていた様です。
艇界を代表する名レ-サ-と言っても良いと思います。
松本勝也選手のプロフィール
- お名前 松本勝也
- 生年月日 1971年9月1日 48歳
- 登録期 68期
- 登録番号 3529
- 所属支部 兵庫支部
- 身長 162センチ
- 体重 52キロ
- デビュ- 1991年5月
- 初優勝 1993年11月 ボ-トレ-ス丸亀
- 優勝回数 42回
- 通算勝利数 1798勝
- 推定獲得賞金 約9億7000万円
- 師匠 沼田喜弘元選手
- 弟子 岸陰亮選手
- 趣味 釣り
同期には、柴田光 山一鉄也 高橋勲 野沢大二など、今でも一線で活躍しているレ-サ―がいる。
事故の状況
9レ-スの番組は下記の通り。
- 深井選手
- 木下選手
- 下出選手
- 魚谷選手
- 大平選手
- 松本選手
1-2-4 1-4-2が人気を集めており、イン逃げ信頼のレ-ス。
ピット離れが良かった魚谷選手が少々遅れた下出選手の前につけて12/4356。
4コ-スに追いだされた下出選手でしたが、スタ-トを決めてまくりに行きます。
3コ-スの魚谷選手も負けじと抵抗し、3.4やり合いとなって1マ-クのタ-ンで両艇とも流れてしまいます。
その隙に、深井選手がサキマイして逃走体制を固めて先行。3コ-スの魚谷選手がカベになった事で2コ-スの木下選手が1番差しで残して2番手。
引き波を超えて6コ-スから3番差しで松本選手が6番手でタ-ンするとバックで伸ばして2番手に浮上。
そして事故が発生した1周2マ-ク。
最内からタ-ンしようと舳先をタ-ンマ-クに向けた時に、先行した1号艇が作った引き波に横から乗り上げてしまいボートが浮くほどバランスを崩し減速。
差しに行った後続艇がよけきれず接触してしまいます。
すぐさまレスキュ-が入り松本選手と後続艇の選手を助けますが、その時にはすでに心肺停止の状態だったようです。
AEDなどを使用して蘇生を試みましたが、16:12に搬送された西宮市の病院で亡くなられました。
9レ-ス時点での松本選手の予選得点
この日の9レ-ス発走時点での松本選手の成績と予選得点は・・・
【成績】
5着 5着 6着 1着 5着
【予選得点】
17点
この事からも分かるように、9レ-スで2着を獲ったとしても予選突破は絶望的な成績でした。
1-6のオッズ
あのタ-ンを決めて2着に松本選手が入った場合のオッズは・・・
1-6-2 86.6倍
1-6-3 129.9倍
1-6-4 85.4倍
1-6-5 218.4倍
でした。
まとめ
予選突破の勝負駆けと言うわけでもなく、多くのファンが松本選手に投票していたわけでもないレ-スで、必死のタ-ンを決めに行って不幸な事故で亡くなられた松本選手。
ここの部分だけを見ると、無謀と思われる方がいるかもしれません。
でも、それは違うと私は思います。
ベストを尽くして、上の着順を狙って走った結果だと。
いける!と松本選手が判断して、果敢に攻めた結果だと。
そう私は思います。
結果は不幸な事故になりましたが、引き波にさえ乗っていなければタ-ンは決まっていたでしょう。
そして、1-6-2又は1-6-3でこのレ-スは決まっていた。
松本選手もそれを望んで、勝負のタ-ンに行ったはずです。
悲しい結果となりましたが、
松本選手の勝負魂と決死のタ-ンを決して忘れません。
最後まで、気を抜かない最高のレ-スを有難うございました。
安らかにお眠りください。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
コメント